禅家では、仏心を根本とし、無門を法門とする。では、この門なき門はいかにして通り抜けるのか?悟りを得ようと各地から集まった修行僧たちが、五台山の無門和尚を訪ね、古来より解脱の門とも呼ばれるこの無門を通り抜けるため、和尚の教えと息詰まるほどの激しい放行と修行を通して公案を悟る。