1951年7月、朝鮮戦争の当事者たちは休戦を模索する。休戦のため、連合軍と共産軍の両側は開城の北東に位置する内峰場(ネイボンジャン)で交渉を開始する。しかし、互いに鋭く対立するだけで、交渉は進まない。1951年10月になると、両側は開城の下にあるナルムンリという小さな村で再び会う。彼らはそこに交渉のためのテントを張り、「板門店」と名付ける。ナルムンリを意味する「板門」と、酒場の「店」を合わせた名前、板門店はそうして誕生した。