文禄・慶長の役(壬辰倭乱)勃発から7年後の1598年12月。李舜臣(イスンシン)は、日本の総大将であった豊臣秀吉の急死後、日本軍が朝鮮から急いで撤退しようとしていることを知る。日本軍を完全に殲滅することがこの戦争を正しく終わらせる方法だと考えた李舜臣は、明国と合同艦隊を組み、日本軍の撤退路を遮断し、敵を殲滅することを決意する。しかし、日本軍の賄賂に屈した明の都督・陳璘(チンリン)は日本軍に退路を開こうとし、さらに悪いことに、日本軍の総大将・島津(シマズ)の援軍まで日本軍の撤退を助けるためにノリャンへ向かうが…。