オ・ミンウク監督は台南で開催された映画祭に参加中、台湾の映画人シャオと出会う。その縁で、シャオは台湾、中国、日本、韓国を結ぶオ・ミンウクのアジア横断プロジェクトにプロデューサー兼語り手として招待される。母親に宛てた娘シャオの手紙という形式の上で、60年前のアジアで起こった戦争の痕跡を探す旅はこうして始まった。実はシャオはオ・ミンウク監督を代弁する劇的な語り手として、アジアに対する監督の灰色の展望を、母親への郷愁と懸念にそっと移し替える役割を担っていた。