トンハク農民運動に参加したキム・チャンスンは、日本軍に追われて満州へ逃れた後、帰国する。明成皇后弑害事件に憤慨した彼は、日本軍の中尉を殺害し投獄される。脱獄したキム・チャンスンは、民衆を教育し、新民会を組織するなど独立運動に尽力し、キム・グと改名する。再び投獄されたキム・グは、仮出獄後、中国へ渡り臨時政府の樹立に参加して抗日闘争を指揮する。上海虹口公園でのユン・ボンギル義士の義挙、蔣介石との会見、光復軍の創設などを指揮するキム・グは、温かい兄弟愛と徹底した民族精神で朝鮮の独立のための闘争を先頭に立つ。8・15解放となり、彼は祖国へ帰還する。