朝鮮建国から500年、李氏朝鮮末期、国運が衰退すると、金左根を中心とする安東金氏一門の権勢政治が国政を左右するようになった。衰退した王室には後継者も少なく、翼宗大王の後継者として王家の親族である興宣君・李昰応までもが金氏一派による弾圧の対象となる。興宣君は、その弾圧と排除の陰謀を避けるため、放蕩と暴走などで愚か者を装い、時が来るのを待つ。1863年、突然哲宗が死去すると、興宣君は自身の次男・明福に王位を継がせることに成功する。明福を王位に封じるという勅書を持ってきた者は、興宣君の前にひれ伏して拝請した。