1619年、今から400年前のヌルハチとの戦いであった武車(ブチャ)の戦いで、カン・ホンリプ将軍は降伏する。1万人余りの朝鮮兵は捕虜となり、東北の荒れ地を開墾する。彼らは中国に定着した最初の朝鮮人であった。1636年の丙子(へいし)の乱、50万人に及ぶ朝鮮人が清の兵士の首輪に繋がれ、中国の瀋陽(しんよう)へ強制的に連行される。男性は八旗軍に、女性は側室として売られていく。彼らの悲痛な叫びが天下を揺るがす。1869年、咸鏡道(ハムギョンド)に大飢饉が襲う。どこからも動物の鳴き声は聞こえず、子供の泣き声さえ聞こえなかった。被災民は生きる道を求め、川を渡った。ただ生きるために新しい土地を開墾した。1894年、ついに我慢の限界に達した農民たちが蜂起する。しかし、日帝によってすべてが消え去る。国母(クンモ)もひどい目に遭った末、痕跡もなく消える。これを機に抗日闘争は朝鮮半島はもちろん、満州全域を席巻する。こうして満州は抗日闘争の本拠地となった。1910年の日韓併合(京師国恥)以前、鴨緑江(アムロクガン)と豆満江(トゥマンガン)流域はもちろん、その周辺の瀋陽、丹東(タンドン)、龍井(ヨンジョン)、延吉(ヨンギル)、ハルビンまで、朝鮮人の息吹が宿らない場所はなかった。彼らは誰よりも激しい生を生き抜いた。ただ血と汗で驚くべき歴史を切り開いた。熱い血と熱い汗が流れた場所、その「血縁の川」が繰り広げられる。